各地のまちづくり(大阪平野)

視察日:2003年11月4日(火)
場 所:大阪市平野区平野(JR大和路線平野駅)


大阪平野地区の町並み保存活動についてのレポートです。

■平野とは

大正時代まで「平野郷」(正確には「平野本郷」)と呼ばれていた地域で、戦国時代には周囲に濠をめぐらして外敵や疫病から自分達の町を守ったり、町の行政を町民自身で行った「環濠自治都市」として有名です。今でも環濠内での仲間意識は強く、3代住まなければ地元人ではないと言われるほど。

経済的に豊かであった平野は、文化的にも先進の地域で、庶民がつくった日本最初の学校「含翠堂」が建てられ、連歌などの活動が盛んに行われていました。

戦火に遭わなかったため、今でも当時の町並みや多数の神社が残っていますが、近年の都市開発、特に地下鉄の開通でちんちん電車が廃止されてからは(昭和55)人の流れが変わり、衰退してきました。現在は、大阪市平野区の中心部に位置する約1キロ四方の小さな町です。

■まちなみ保存を中心に

「平野の町づくりを考える会」の方(ご自身は茶坊主という喫茶店経営)にお話を聞くことができました。「まちが好きだから」と、平野の歴史や会のこれまでの取組みなどを楽しく話してくださる雰囲気に、このまちの力を感じました。

「まちが好きだから、まちを守ろう!(町並み保存と文化の継承)」というのが会の発端で、以来20年以上も同じ思いの地元住人が活動を続けています。毎月1回地元の全興寺で会合を行い、行政が一切入っていない活動であることにも誇りを持っておられます。

町並み保存の観点からの活性化のため観光としての成果が大きく、地元商店街の活性化までには到達してません。その点について今後の方針を尋ねたところ、「あくまでも町並み保存が目的」だということ。しかし、まちが魅力的になれば地元住人もよりまちに愛着が出て、結果として商店街の活性化に繋がっていくのであろうと思います。


■取り組みの事例

「平野の町づくりを考える会」による様々なまちおこしには、以下のものがあります。

平野町ぐるみ博物館
個人が収集したお宝を、遊び心とボランティアで町中に展示、道行く人に見せています。運営者と訪問者のコミュニケーションを通して、住民自身が楽しみながら地域を再発見しようとする試み。

博物館を訪ねて歩く道すがら、肌で感じ取る地域の雰囲気を大切にして欲しいと考え、「観光」に対して「感風」と呼んでいます。お話を伺った茶坊主も「平野町ぐるみ博物館」の一つで、「お客さんとの共通の話題ができることが嬉しい」と話しておられました。

1999年〜毎年1回、特別展として常設館以外にも臨時の博物館や博芸館を開設。またこれに併せたイベントなども開催しています。


おんなぐみ
大阪の昔ながらの歌や遊びを次世代に伝えようという試み。女性10名が活動。毎月1回、2時間半、午後のお茶も兼ねて。


地元神社で月一回、フリーマーケットを開催。


毎年大晦日に、平野弁で歌う第九コンサート。


大阪市の「HOPEゾーン事業」による、建物の修景

大阪市の「まちなみガイドライン」に沿った建物などの修景工事に対して、補助金が出される事業です。地元の活動が、マスコミに取り上げられるなど有名になったことで、初めて市が動き出しました。  →平野郷地区HOPEゾーン事業のページへ 

もっと詳しい情報は、ホームページへ。博物館マップのダウンロードや、活動紹介を載せています。
おもろいで平野

商店街の通り
商店街の様子。写真の場所より西側の通りには、アーケードがかかっています。
白壁の建物
町中では、積極的に建物の修景に取り組んでいる例が見られます。

こちらはアパート。昔ながらの長屋のイメージで町に溶けこもうとしています。
小さな駄菓子屋さん博物館の外観 定例会会合の場である全興寺の境内の一角にある「小さな駄菓子屋さん博物館」。

昭和20〜30年代に駄菓子屋に並んでいたおもちゃが展示されています。外壁に取り付けられた昔ながらの形をした電話機からは、平野の懐かしい音、年間行事、昔話などを聴くことができます。

全興寺 開館日 土・日・祝 9:00〜17:00
平野本町4-12-21

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